ナポレオン戦争と織り交ぜる形でロシア社会を描き出し、幸福とは何かを追求したレフ・トルストイの代表作。
ボリュームのある小説で、登場人物も多い(後書きによると500人以上)ですが、メインはロストフ家とボルコンスキー家の一世代分のドラマで、20〜30年程度の話なので物語としては把握しやすい作品です。ただし、随所に哲学的な考察のような文章があり、特に後半になって多く現れるトルストイの歴史観に関する描写には辟易するかもしれません。 トルストイ自身の家系がロシアの貴族階級に属していたこともあり、上流社会の人間関係に関する 雰囲気にはとてもリアリティーがあります。パーティーに呼ばれる為に色々と気をもむ婦人達や、その席での会話の流れに関する気遣いなどのが質の高い文章によって表現されています。 また、恋愛、結婚の誓いなどが重要な要素として描かれていて、アンドレイとナターシャ、そしてピエール達の情熱が生き生きと描かれています。そんな恋愛小説としての完成度も高く、フランス文学にも通じる台詞の熱量や登場人物たちの思い込みの激しさ、慕情の一途さは読者を飽きさせません。ただ、トルストイ自身は結婚生活の幸福には懐疑的と言われており(彼の妻が世界3大悪妻の一人に数えられていることからも推測できますが)「結婚なんかするもんじゃない」と若者をしきりに諭すおじさんが登場したりします。
テーマとしては人々の恋愛、結婚、宗教活動、地主としての統治行為、従軍、敗戦など多くの モチーフを通して幸福とは何かということを追求していきます。また戦争の原因やその帰趨を決 定する要因を一人の天才や個別の事件に求めるのではなく、民衆全体の持つ雰囲気やその流れ といったものから歴史を理解するしようとする立場を表している作品です。
個別のエピソードとしては、10代のソーニャやナターシャを中心とした恋愛小説のような描写が 生き生きと描かれ、少年が窓辺で夜空を眺めていると下の階の窓辺で彼女達が話しているのが聞こえてしまったり、異性の視線や仕草で赤くなったり不機嫌になったりする描写が印象的です。戦争に関する部分では従軍経験のある著者による、司令官や上官への崇敬や陶酔の気持ちや、突撃や撤退による興奮や虚脱などの描写にリアリティーがあり読み応えがあります。
個人的には、エピローグでも大量にページを割いている著者の哲学的な考察の部分には、面食らいますが、全体的に見て物語、表現、考え方の確かさなど非常に優れた作品です。
タイトルの通り、戦争はこの作品の動かしがたいテーマです。平和の方は愛と幸福に関する考 察がメインになります。戦争は歴史の流れや民衆の動きから起こるという事、幸福とは何かと いう事、これらをロシアの歴史物語の中から浮かび上がらせている作品です。